2016年7月26日火曜日

『テレビが見世物だったころ ―初期テレビジョンの考古学』関連情報まとめ

メディア掲載:


  • 『読売新聞』5月13日大阪夕刊「戦前のテレビ人気再考 ―立命館大准教授が刊行」(インタビュー)
  • 共同通信 5月19日配信「人びとの苦労掘り起こす」(評者=澤田隆治氏)=『秋田魁新報』『山形新聞』『福島民報』『神奈川新聞』『下野新聞』『山梨日日新聞』『北日本新聞』『富山新聞』『北国新聞』『京都新聞』『神戸新聞』『中国新聞』『徳島新聞』『高知新聞』『愛媛新聞』『宮崎日日新聞』『熊本日日新聞』『琉球新報』『沖縄タイムス』など
  • 『図書新聞』7月16日号「メディアをめぐる混沌、および混沌が持つ可能性 ―テレビの起源を、街頭テレビが登場する以前の一九三〇年代にまで遡ってとらえる」(評者=溝尻真也氏)
  • 『週刊読書人』7月22日号「2016年上半期の収穫から ―44人へのアンケート」(評者=植村八潮氏)


講演、トークイベントなど:


  • 4月26日(火)講演「テレビが見世物だったころ ―初期テレビジョンの考古学」立命館大学ライスボールセミナー(於:立命館大学衣笠キャンパス創思館カンファレンスルーム)
  • 5月29日(日)佐藤 守弘×大澤 聡×飯田 豊「メディアの近代を逆なでに読む ― 『テレビが見世物だったころ』刊行記念トークイベント」(於:京都・MEDIA SHOP)
  • 6月12日(土)『テレビが見世物だったころ』書評会(評者=長谷正人氏)(於:早稲田大学戸山キャンパス)
  • 7月15日(金)講演「テレビが見世物だったころ ―初期テレビジョンの考古学」(於:NHK放送文化研究所)

2016年5月24日火曜日

【トークイベント】5/29(日)佐藤守弘×大澤 聡×飯田 豊「メディアの近代を逆なでに読む ―『テレビが見世物だったころ』刊行記念」(於:京都MEDIA SHOP)


テレビ離れが叫ばれる一方で、スマホやパソコンから屋外に遍在するスクリーンまで、多様な形式で映像コンテンツは受容されています。ニコニコ生放送やパブリック・ビューイングなどの集団的な映像視聴は「戦後の街頭テレビ」の熱狂に例えられ、新しい映像文化はテレビ放送の原点に回帰しているとも言われます。 
しかし、都市でテレビにふれるという経験は、戦前からテレビジョンの公開実験として人々の日常にありました。飯田豊さんは本書『テレビが見世物だったころ』で、「戦後・街頭テレビ・力道山」という放送史の神話によって忘却されたテレビジョンの近代を史料から掘り起こし、丹念に跡づけています。 
本書の関心は「過去」にあるのではなく、テレビジョンの近代から「もう一つの/ありえたメディアの歴史」をつむぎ、それを現代に提示することにあります。私たちは、本書からどのような論点を読み取り、引き受けることができるでしょうか。また、テレビというメディアや、それを含むスクリーン文化をどのようなものとして考えていけるでしょうか。 
そこで本トークイベントでは、飯田さんに本書を概説していただいたうえで、『トポグラフィの日本近代』で写真・絵画の近代を論じた佐藤守弘さんと、『批評メディア論』で論壇・批評のありようを分析した大澤聡さんという、異なる専門ジャンルのお二人に本書の射程を語っていただきます。 
素朴な疑問点なども含めて議論しながら、ゆったりとトークを進めたいと考えています。お気軽にご参加ください。

□ 登壇者 □

佐藤守弘(さとう・もりひろ)
京都精華大学デザイン学部教授。専攻は芸術学、写真史、視覚文化論。著書に『トポグラフィの日本近代』、共訳書にジェフリー・バッチェン『写真のアルケオロジー』(ともに青弓社)、共著に『記憶の遠近術』(芸術新聞社)など

大澤 聡(おおさわ・さとし)
批評家。近畿大学文芸学部准教授。専攻はメディア史、文学。著書に『批評メディア論』(岩波書店)、共著に『1980年代』(河出書房新社)、『日本の論壇雑誌』(創元社)など。『kotoba』(集英社)夏号より対談連載を開始

飯田 豊(いいだ・ゆたか)
立命館大学産業社会学部准教授。専攻はメディア論、メディア技術史、文化社会学。編著に『メディア技術史』(北樹出版)、共著に『メディア・リテラシーの諸相』(ミネルヴァ書房)、『ヤンキー人類学』(フィルムアート社)など

[イベント日時・場所など]
日時:5月29日(日)15:00スタート(14:30開場)
場所:MEDIA SHOP
   京都市中京区河原町三条下る一筋目東入る大黒町44 VOXビル1F
ご予約:事前にメディアショップ(mediashop★media-shop.co.jp ★→@に/075-255-0783)にお申し込みをお願いします。なお、当日参加も受け付けますので、お気軽にお越しください。
料金:500円


2016年5月14日土曜日

【インタビュー】「戦前のテレビ人気 再考 ―立命館大准教授が刊行」(『読売新聞』2016年5月13日大阪夕刊)

5月13日(金)『読売新聞』大阪夕刊のテレビ面で、拙著『テレビが見世物だったころ』をご紹介いただきました。カラー写真入りでとても大きく取り上げてくださっていて、たいへんありがたいです。


2016年5月7日土曜日

【共著】『メディア・リテラシーの諸相 ―表象・システム・ジャーナリズム』(ミネルヴァ書房、2016年)


告知がすっかり遅れてしまいましたが、浪田陽子・柳澤伸司・福間良明編『メディア・リテラシーの諸相 ―表象・システム・ジャーナリズム』(ミネルヴァ書房、2016年)が刊行されました。「立命館大学産業社会学部創設50周年記念学術叢書」の一冊で、メディア社会専攻に所属している教員が寄稿しています。僕は「送り手のメディア・リテラシー ―2000年代の到達点、10年代の課題と展望」という論文を書きました。


2016年4月3日日曜日

【著書】『テレビが見世物だったころ ―初期テレビジョンの考古学』(青弓社、2016年)


初めての単著を出版しました。お買い求めいただければ幸いです。
版元では関連イベントなども企画していただいていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

テレビ離れが叫ばれる一方で、スマホやパソコンから屋外に遍在するスクリーンまで、多様な形式で映像コンテンツは受容されている。ニコニコ生放送やパブリック・ビューイングなどの集団的な映像視聴は「戦後の街頭テレビ」の熱狂に例えられ、新しい映像文化はテレビ放送の原点に回帰しているとも言われる。 
しかし、都市でテレビにふれるという経験は、戦前からテレビジョンの公開実験というかたちで人々の日常にあった――。 
戦前のテレビジョン技術に対するアマチュアの熱狂、博覧会や展覧会での展示とその人気、逓信省のテレビジョン電話への欲望、幻の東京オリンピックと国策宣伝も含んだ実験放送……。「ラジオの時代」「映画の時代」とイメージされがちな戦前・戦中の日本で、アマチュア・興行師・技術者・政治家などの多様なアクターがテレビジョンという技術に魅了され、社会的な承認を獲得しようとしながら技術革新を目指していた事実を掘り起こす。 
「戦後・街頭テレビ・力道山」という放送史の神話によって忘却されたテレビジョンの近代を丹念に跡づける技術社会史。

2016年3月5日土曜日

【エッセイ】「2020年の「街頭テレビ」を想像する」CHITEN x KAAT特設サイト


地点が京都と横浜で上演する『スポーツ劇』(エルフリーデ・イェリネク作)に寄せて、CHITEN × KAAT特設サイト「2020年の「街頭テレビ」を想像する」という小論(リレーエッセイ)を書きました。

PDF版はこちら。三輪眞弘さん、吉岡洋さん、椹木野衣さんのエッセイが既に公開されています。



2015年12月14日月曜日

【専攻企画】12/14(月)山口一郎さん特別講義「サカナクション VISUAL & TALK SESSION」


写真提供:FM802>

12月14日(月)立命館大学産業社会学部メディア社会専攻の専攻企画として、山口一郎さん(サカナクション)の特別講義が開催されました。ゼミ生によるレポートはこちら


2015年11月3日火曜日

【講演会】11/19(木)飯田豊+毛原大樹「無線的創造力 ―ラジオ・アートの思想と実践」(於:京都精華大学)




11月19日(木)、京都精華大学の「呼吸するART&DESIGN」という特別講義に、ラジオ・アーティストの毛原大樹さんと登壇します。18:00〜19:30、黎明館L-002、入場無料、一般公開です。ポストイット型のフライヤーが斬新です。

飯田豊はこれまで、ラジオやテレビジョンなどの技術変容を辿ることで、他にあり得たかもしれない可能性を掘り起こすメディア考古学的な研究に取り組んできました。こうしたメディア理解は、「メディア・アート」や「メディア・デザイン」といった営みを支える思想とも結びついています。
毛原大樹は2005年から「自由ラジオ」や「ラジオ・アート」等の電波メディアに興味を持ち、現在は京都・東山のHAPSスタジオを拠点に、使われなくなってしまったアナログのラジオ受信機やテレビ受像機、ビデオデッキなどの古いメディアを活用した制作やワークショップを展開しています。
このイベントでは、それぞれ異なる角度から電波メディアにアプローチしている二人が、その可能性を歴史的に想像すること、実践的に創造することの魅惑についてお話しします。